2019年12月14日

明治32年生まれ・じっちゃんはライダー

ものごころつく頃にはすでに「ラビットスクーター」が我が家にあって、それは祖父専用で、

じっちゃんはこれで市内に3か所ある青果市場に仕入れや会議にも行っていて、

仕入れたものは市場のトラックが運んできていました。

先日、スーパーの入口に止まっていたので懐かしくてね、ついつい眺めてしまいました。

父も青果業をしていたけど、経営は別々で、じっちゃんはじっちゃんでけっこう良い商売をしていました。

スクーター、めったに後ろに乗ったことはないけど、高校合格発表の日、乗っけてもらい、、

二人で合格を無事に確認して再び帰り道。

学校の前の交差点の赤信号で止まった時、私はなんとなくじっちゃんから手を放し、不安定で降りていました。

ところが私が降りていることに気づかず青に変わった瞬間さっさと行ってしまいました。

「じっちゃ〜ん!! 待って〜〜!! 置いていかんで〜〜!!」大声で呼ぶけど全然気づかない・・

結局、10キロをとぼとぼ歩いて帰りました。

私が乗ってないことに気づいたのは自宅に着いてからだったみたい・笑

89歳まで生きたじっちゃんは86歳位までスクーターを運転していました。

最後の更新の時「もうそろそろ・・」と説得されたようでした。

免許を返納してからは自転車に乗っていたけど見るからにスクーターのほうが安定感があったように思います。

<ラビットスクーターwiki>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC

posted by アメジスト at 10:19| 福岡 ☀| Comment(0) | 思い出話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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