2018年01月22日

喉仏と彩雲

1/19 夕 大好きな叔母が亡くなり /20 お通夜 /21 葬儀 という時間を過ごしていました。

叔母が16歳の時、私は生まれました。

どこへ行くにも常に一緒で可愛がってもらいました。

20代当時、誰よりも早く運転免許を取り、調理師資格も取り、洋裁業を職業として、ダンスや日舞や、カメラにも熱心でした。

火葬場にも叔母の子供や孫やら甥姪それぞれ大勢で揃いました。

収められた骨壺を前に、涙ぐむ叔父・・

と、車椅子の叔父が「かずちゃんだいすき」とつぶやきました。

いつもつっこみ役の彼の次女が「そげん大好きやったと〜」と聞くと「うんかずちゃんだいすき!」と何度も・・

「そげん好きならお母さんが生きてるときにゆうてあげればよかったとに〜^^」

このつっこみとコミカルやりとりにみんな笑顔に・・

この時は若い時に戻って色々思い出していたのね。

叔母の喉仏はくっきりと残っていました。

初めてこんなにきれいなものを見ました。

本当に仏さまが座している形。 後ろ側から見ても人の背中・・

顎も耳も鼻も目の跡もきれいで、係の方は骨壺のなかに顔の形になるように収めてくださいました。

火葬場から出て帰る道すがら西の空に美しい彩雲がありました。

享年80歳。 穏やかな晩年でした。

お世話になりました。 かずねえちゃんたくさんの思い出をありがとう☆

posted by アメジスト at 10:45| 福岡 ☔| Comment(6) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
悲しいことがあったのね。
何度か叔母様のことがアップされていたので身近に感じます。

残念だけど、良いご家族に恵まれ、穏やかな晩年でよかったですね。
Posted by こむぎ at 2018年01月22日 17:45
こむぎさんへ
ありがとう。 おかげさまで良いお見送りでした。
もっと長生きして欲しかったんだけどね、定められた寿命でしょうか、、最後は眠るようにと、、
叔父と叔母は見合いのシーンから覚えています。
だって私がお茶を出したのよ。
五年生の頃でした^-^
Posted by アメジスト at 2018年01月22日 20:16
叔母さんのご逝去に対してお悔やみ申し上げます。
あまりにもエメさんと私、境遇が似ていて驚きます。

私にも二人の叔母がいて、二人とも母以上に面倒見てもらって仲良し。
今は叔母は一人ですが、その最後の叔母が倒れ療養中です(久留米の病院)
亡くなった叔母、洋裁、和裁、編み物、カメラをやっていました。
今療養中の叔母、洋裁、手芸、旅行、現在まで3人の孫の生活一切をやってきました。
他人事と思えず思わず涙ぐみました。

Posted by さくら at 2018年01月22日 22:55
さくらさんへ
お気遣いありがとうございます。
寂しくなりましたが家族はそれ以上ですね。
でもとてもよいお葬式でした。

そうでしたか☆
亡くなられた叔母様もご療養中の叔母様も趣味の範囲が似ていますね。
不思議な感じです。
叔母と姪という関係は縁の糸が太いですよね。
可愛がるほうと可愛がられるほうと密接です。
さくらさんもきっとたくさんの思い出がおありですね。
コメありがとうございます。
Posted by アメジスト at 2018年01月23日 10:02
叔母さんのご逝去に対して心からお悔やみ申し上げます。 
親しい人がいなくなるということは寂しいですね。
でも、静かに、ご主人に愛されて、美しい彩雲にも飾られて、素敵な思い出の中に生きていきますね。
Posted by オコジョ at 2018年01月24日 17:35
オコジョさんへ
お気遣いをありがとうございます。
はい、ほんとに寂しいです。 
でも色んな思い出があります。思い出は宝物になりました。
白いきれいな喉仏さまを見たすぐあとだったので、彩雲がお迎えにきてくださったのだな〜と思いました。
Posted by アメジスト at 2018年01月25日 15:28
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