2016年03月18日

昭和の風景 商品作り

筍の時期ですね。

この時期だけ祖父は農家から筍を買い取って市の南にある缶詰工場に卸していました。

ある日祖母は一斗缶に製品化された茹で筍を再び仕入れ、スライスして小袋で売る事を思いつきました。

赤で印字された商品は青果市場に毎日出荷します。

<祖母と上の叔母>
img212 (480x321).jpg


この頃の祖母はずいぶん痩せて来て横になることも多かったけど、生来の働き者で作業に励んでいました。

私は学校から戻るとこの筍入りの袋の口を熱の出る閉じ器で「ぺたっ」と閉じる役目をしていました。

この写真の右に居たんだけど写っていませんね・笑

<筍の思い出@>
http://hatue62.seesaa.net/article/39335464.html

posted by アメジスト at 13:28| 福岡 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 思い出話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
よくこんな写真を撮る人がいたものですね。
記念撮影は昔から良く撮られていますけど、暮らしの写真って貴重だと思います。

おばあさんはどうやって生きていたのか・・・・がはっきりとわかりますよね。
Posted by さくら at 2016年03月19日 08:44
さくらさんへ
叔母はカメラを買ってやたらパチパチ写していました。
写真はいいですね。 色んなことを思い出します。

カール中の叔母はもう嫁いでいたので手伝いにきてたのかも。
祖母からよく頼まれてうつぶせに寝た上から体を踏んであげてました。足の裏踏みもよくやりました。子供の体重はちょうどよいマッサージのようでした。
Posted by アメジスト at 2016年03月20日 07:01
まあ!
プロ写真みたい。
土門拳さんとかの。

えめさんのおばさまもおばあさまも、きれいなかたたちですねえ。

たたずまい、生き方、よくわかります。
たった一枚の写真から。
Posted by はたぼう at 2016年03月21日 06:29
はたぼうさんへ
ありがとうございます。
テレビもこれも叔母カメラマンです。
時期も同じで36年9月です。
もしかしたら相撲中継の前か後に撮ってるかも。
夕方の日差しが射しています。
福岡の9月中旬はまだ暑くて夏のままの衣服ですね。

はい。
指に残るゆで筍の匂いやビニール袋のジュッと焼ける臭いもいっしょに思い出します^^
Posted by アメジスト at 2016年03月22日 08:55
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